映画『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』 | オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ | 6月12日(金)全国順次ロードショー

Production Notes

グレタ・ガーウィグの新たなアプローチ
ルイーザ・メイ・オルコットの世界と「若草物語」
素晴らしき衣裳と音楽

グレタ・ガーウィグの新たなアプローチ

監督と脚色を務めたグレタ・ガーウィグは、これまで何度も形を変えて語られてきたルイーザ・メイ・オルコットの「若草物語」を、個人的かつ情熱的で生き生きとしたアイディアと共に新たにスクリーンに蘇らせることを熱望していた。すべての読者が物語に対して自分なりの理解や意味合いを持てるように、オルコットが作り上げた壮大な叙事詩に対して彼女なりのアプローチを行った。もともと小説は上下巻に分かれて出版されており、上巻はすべてが上手くいきそうな四姉妹の少女時代、そして下巻では大人の厳しい現実が描かれている。ガーウィグは小説からは距離を置き、ジョーの決断の物語が過去と現在を行き来する新たな構成を取り入れた。大胆で自立した作家のジョー。世話好きで女優になりたいメグ。繊細で寛大な音楽家のベス。賢く野心的な画家のエイミー。大人になった彼女たちの抱える問題はそれぞれ違うけれど、いつまでも変わることのない姉妹関係が新たな構成で描かれる。四つの異なる夢を持った四姉妹の目に、それはどのように映るのか? その問いをオルコットの時代の視点を大胆に変えて、ガーウィグは視覚的にも魅力的な作品を作り上げた。

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金銭と芸術、愛と個人の満足、理想と現実、家族への思いやりと自分の気持ち。こうした葛藤は、現代的なものに思えるが、これらはオルコットが掲げたものだ。ガーウィグは『レディ・バード』を製作する前から、プロデューサーのエイミー・パスカルに「若草物語」の脚色は自分がするべきだと主張していた。「私は全身全霊をかけてぶつかった」と、ガーウィグは言う。「私はこの原作が本当に伝えたいことは何か、はっきりとわかっていた。アーティストとしての女性、そして女性と経済力。オルコットの文章にはその全てが詰まっている。でも、この物語が持つその側面はまだ映画として探求されたことがなかった。私にとって、この作品は今まで作ったどの映画よりも自伝的なものだと感じている」
ガーウィグは、子供の頃から「若草物語」を何度も読み、自分の理想とする女性になれないと葛藤するジョーに強烈な一体感を感じていた。物語の登場人物というよりも、彼女にとってジョーはカリスマだった。「『若草物語』は、物心ついた時から常に自分を形成する一部だった。ずっとジョーが大好きだった。彼女になりたかったし、自分が彼女だったらいいと思っていた」

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ガーウィグは、オルコットの精神に忠実に従いつつも直線的に時間を進めるのではなく、マーチ家の忘れがたい出来事や思い出を映画的に再構成した。これにより観客は、過去を振り返る大人たちや、ジョーの作品の源となった四姉妹を新たな視点で受け入れることができる。 「読むたびに毎回、何か違うものを感じられた。」と、ガーウィグは回想する。「子供の頃はあたたかい居心地の良さを感じたけど、大人になるにつれて新しい発見があった。脚本を書いている時、姉妹達の大人になってからの人生が胸に刺さるのは、成長した自分たちが青春時代を誇りに思うにはどうすればいいのか模索しているからだとわかって、心から安心できた」

ガーウィグは、オルコットの実際の人生を反映させ、自分の脚色をよりしっかりとしたモダンな声にするために、オルコットの手紙や書物を読み、詳しいリサーチも行った。ガーウィグは、オルコットの経済的な成功にも敬意を払いたかった。戦争や不平等なことばかりだったオルコットの時代に、新しい考え方や自由な思想、変化のためのエネルギーが生み出されたことも強調したかった。そのような環境の中、オルコットは社会的な制約を破り、まるでその時代のJ.K.ローリングのように著作権を管理し、結婚でも相続でもない形で世界に認められるという自分だけの道を築いた。その道は現代にも続いているとガーウィグは考えている。「例えば、テイラー・スウィフトが自分で楽曲を所有できるようにと、自分の過去のカタログをもう一度レコーディングしたりね」と。

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ガーウィグは、オルコットは明らかにお金と自由の不足をマーチ姉妹の人生の避けられない要素として描いており、同時にオルコットは、四姉妹と献身的な母親が協力して掛け替えのない家庭を作り上げていることを称賛していると、分析している。「面白い分析を読んだことがあるの。幼少時代のことが書かれた本の中で、『若草物語」は逃走について書かれていない数少ない本の一冊。勇敢であることは書かれているけれど、それは家庭内でのヒーローの旅路なの」と、ガーウィグは話す。

こうしたガーウィグによる原作へのアプローチが、素晴らしい人々を引き寄せ、その新たな若草物語をスクリーンへ導いた。プロデューサーのエイミー・パスカル、デニーズ・ディ・ノヴィ、そしてロビン・スゥイコード。シアーシャ・ローナン、エマ・ワトソン、エリザ・スカンレン、フローレンス・ピュー、ローラ・ダーンとメリル・ストリープといった俳優陣は、それぞれの原作との体験以上に、このガーウィグに惹きつけられ『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』が実現した。

ルイーザ・メイ・オルコットの世界と「若草物語」

「若草物語」にまつわる話としてよく挙げられるエピソードがある。ルイーザ・メイ・オルコットが「若草物語」を書かなかった可能性があることだ。オルコットは自分のことを少女の物語を書く作家だとは考えておらず、また当時この種の物語は重要ではないと完全に無視され、経済的にも成功は難しかった。しかし、彼女の出版社は、よく売れていた男の子向けの冒険ものに対抗できることや、若い読者に与える大きな可能性を感じて出版を推し進めた。

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オルコットは、自分の姉妹三人と母親以外の女性は知らなかったと記している。彼女の家族そのものが素晴らしいインスピレーションの源だったのだ。自分の家族の生活をフィクションとして描き直すことで、オルコットは、人生における選択肢に制限があっても、絶えることのない野心を持ち持ちながら成長できることを表現することができた。

オルコットが作り上げたマーチ一家のように、実際のオルコット家の絆も強かった。両親は、教育者のブロンソン・オルコットと、活動家でソーシャルワーカーのアビゲイル・メイ。平等な社会や教育を信じ、二人は自分たちにとって大事なことをルイーザや姉妹たちに示した。

ルイーザにとって、書くことが全てだった。金銭的には厳しくても、知的な刺激を受けて大人になっていった。学校の先生はヘンリー・デイヴィッド・ソローで、近所にはラルフ・ワルド・エマーソンが住んでいるという環境で。ルイーザは若くして書くことを始めた。だが、経済的な理由から、17歳の時に出版された初めての本「花のおとぎ話」を書きながらも、教師、針子、家庭教師として働かなくてはならなかった。南北戦争中の看護師経験の回顧録として「病院スケッチ」を出版するためと、A.M.バーナードというペンネームでアクション満載のスパイ物語(彼女はそれを50ドルで売った。針子の仕事ならば一年分の稼ぎ)を書くために、「アトランティック・マンスリー」(※アメリカ雑誌)へ作品を書いた。

「若草物語」が出版された頃、不朽の名作は男性のみが書くものだと思われていた。稀に例外はあるものの、女性が書いた本や女性についての本は軽くて暇つぶしのエンターテイメントだと思われていた。だが、「若草物語」は、棚に並んだその日から瞬時に大ヒットとなり、初刷は数日でなくなった。女性や少女達は、自分たちの日常の、正直で感情的な本物の物語を渇望していたことが明確になった。最初の23章があまりにも人気だったので、オルコットの出版社はもっと書いて欲しいと懇願し、47章の愛されてやまないクラシックとなった。「若草物語」は発売から一度も絶版になったことはなく、最低でも55言語に翻訳されており、舞台、テレビ、映画、そしてオペラやアニメにまで脚色されている。

素晴らしき衣裳と音楽

本作の衣裳は時代やキャラクターを一つにまとめる大きな力を持っている。監督のグレタ・ガーウィグは、本作の衣装デザイナーに、『プライドと偏見』と『アンナ・カレニーナ』などの時代設定を衣装によって見せた映画や、それとは真逆の現代的なマイク・リーの映画にも参加したジャクリーン・デュランを起用した。ガーウィグは、古典に現代性を持ち込むことができるデザイナーを探していた。

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デュランは衣装と核となる原則を決めるところから本作に取り掛かった。彼女は映画を二つの対照的な舞台に分けた。一つは、四姉妹の母親が育んでいる創造性と自由が漂うボヘミアンな雰囲気のマーチ家、もう一つは、厳格なルールがあり、リスクも高いが、より大きな可能性のある広い世界。デュランは常に、同じ生地を所々で使って姉妹の服を縫い、一つの時代で使った生地を次の時代でも使い、マーチ家の倹約を表現した。
彼女はそれぞれの姉妹にとても明確なカラーパレットを設定した。ジョーは燃えるような赤、メグはロマンチックなライラックと緑のグラデーション、ベスは優しいピンク、そしてエイミーはフレッシュなトーンの水色。また、メグとエイミーは基本的に、“クリノリン”(スカートを膨らませるための、針金などを輪状に重ねた骨組みの下着)を使った当時の女性のスタイルで、ジョーはコルセットを避け、病気がちなベスは子供の頃の楽なドレスのようなものを着ている。デュランにとって一番重要だったのは、姉妹たちが完全に自分らしくいられるスタイルを探求することだった。

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「それぞれのルックスがものを言うことが大事だと感じた。彼女たちはそれぞれ世界の見方があって、それはみんな違うけれども平等で大事な役割を持っている。ジョーはおてんば。彼女は男の子のような自由さを求めていて、ローリーのようになりたくて洋服を交換し合うくらい。彼女はいつも強い色を着ていて、赤ではない時は、深いインディゴブルーや何か目立つ色を着ている」と、デュランは語る。

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ガーウィグは、アカデミー賞を二度受賞しているアレクサンドル・デスプラに音楽をお願いしていた。「音楽はクラシックな感じにしたかった。と言っても、クラシックでも新鮮なものに」とガーウィグは言う。「アレクサンドルと私は、メロディは大胆にかつ、豪華にするのもありって。音楽は彼女たちの大人の時代により削ぎ落とされている。オルゴールが始まって、大人になる頃にはかすかに鳴っている感じ。アレクサンドルはどうやって音楽を使えば世界を作れるか、本当によく知っている。」